MSX版アルカノイド用パドルコントローラの自作

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MSX用のパドルコントローラを自作してみました。MSX版「アルカノイド(1987年)」やMSX2版「アルカノイドII」を遊ぶために使います。材料はマイコンと可変抵抗、ボタン、コネクタとケーブル類だけです。

以下のページで回路図とプログラムを公開中です。

github.com

 

MSX版「アルカノイド」はレアソフトなのでしょうか。パドルコントローラが欠品の状態でも結構なお値段でした。容量たった32KBのROMなのに。

パドルコントローラはさらにレアな存在です。可変抵抗が壊れやすく、希少価値が生まれているのだと思います。

 

パドルコントローラの自作は「Multiway pad converter」で技術を確立しているのですが、回路がゴテゴテしてて作りにくいという場合があります。そこで、機能を単体で分離してみました。

パドルコントローラのピンアサインはmsx.orgで公開している回路図を参考にさせて頂きました(Jipeさんという方が作成)。ジョイスティックポートの6番ピンは通常、パソコン側から見て入力として使うのですが、アルカノイドではCLK用に出力として使っています。

 

通信仕様はこんな感じで自分で調べました。

上から5本目の線がジョイスティックポートの6番ピン(CLK)。予想通り、クロックは8回でした。

一番下の線がジョイスティックポートの8番ピンはカウンタのリセット(~RESET)です。リセットは1フレームおきに発生します。

 

プレイ中の様子。

このMSX版はビジュアルも音も良くて、文句なしの出来です。さすが値崩れしないだけあります。音の透明感はファミコンを上回っているのでは。

アーケード版と比べると、ちょっと画面が縦に潰れてるかなと感じますが。

 

参考までに、ベーマガ1986年12月号掲載のMSX版「アルカノイド」の広告がこちら。ニデコの広告に小さく載っていました。1986年の夏にアーケード版が発売して、半年くらいでもう家庭用のパドルコントローラを発売しているというのは、凄まじい開発ペースだと思います。

 

第一回パソコンゲーム大会のレポート記事

この話の続きです。

nicotakuya.hatenablog.com

 

雑誌「DO-PE(ドープ)」の「1990年秋号に「第一回パソコンゲーム大会」のレポート記事が載っていました。「DO-PE」は、ガレージキットや同人誌や同人ソフトとかを扱った雑誌のようです。表紙に小さく「レモンピープル9月増刊」って書いてあります。

「第一回パソコンゲーム大会」は、ゼネプロ(ガイナックス)が主催したパソコンゲームのイベント。超豪華ゲスト、高額な参加費、寝泊りあり。SF大会っぽいことがやりたかったのでしょうか。

この雑誌全体が非常に同人誌っぽい。ページを開いたら、いきなりコミケの話題。古めかしいオタクのノリが耐えられないのですが、貴重といえば貴重です。「1996年にソ連宇宙戦艦ヤマトが流行る」という予想が載ってます。

「第一回パソコンゲーム大会」のレポート記事ですが、2ページとも本文は1段しか使ってない。一応、読み取れた内容としては、、、

・巨大な蝶ネクタイを付けて、タキシードを着た岡田斗司夫さんを写真で確認できます。

・会場の巨大スクリーンに映ってるのは、エロゲーの画面ばっかり。

・ブースの写真があるので、コミケっぽいことも行った模様。FM-TOWNSX68000を確認。画面の内容は不明。

・写真の中から「コンパイルの田中さん」という人物を確認。

・1日目、ゲーム業界のリクルート情報のステージがあった。

ウィザードリィのステージでは、作者ロバート・ウッドヘッドさんがゲストで登場。すごく軽いノリだったとのこと。

・1日目の最後、参加者は合宿に突入。「地獄の合宿」「寝る奴なんていやしない」。

・大勢が床に座り込んでる写真。キャプションが「悪口酒場」。よくわかりません。

・2日目、エロゲーをテーマにしたステージ。岡田斗司夫さんの下ネタトークが会場で大いに受ける。本誌の70%くらいはソレの文字起こしでした。

 

、、、記事が良くないのかイベントが良くないのか、なんとも判断がつきません。

実際のパソコンゲーム大会はもっとアカデミックだったが、ウケを狙って下ネタだけ集めて、こんなアングラな記事になったと予想しています。記事の著者がパソコンユーザーではないと豪語してるのですが、載る雑誌を間違えたか。

ベーマガの広告では、ウルティマの作者も来ると告知してましたが、それは実現しなかったようです。ウィザードリィの作者さんの親日家ぶりが際立ちます。

あと、記事によると、イベント中、パソコンゲームの賞をいくつか発表したそうです。主な受賞作品は以下の通り。

第1位「ワンダラーズ・フロム・イース
第2位「エメラルドドラゴン
第3位「三国志II」

 

ベーマガの歴史と見城こうじさん

唐突ですが、ゲーム界の生ける伝説、見城こうじさんについてベーマガの歴史という視点から書きたいと思います。

以下の内容は、手元にあるベーマガとネットの情報をまとめただけです。特別な情報は一切ありません。

 

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見城さんの出発点は「BGM」という同人誌。作ったのは見城さんと手塚一郎さんです。

1984年9月号のスーパーソフトマガジン(ベーマガの付録)に「BGM」のお知らせが載っています。BGMは何の略か、38年間謎のままです。読んだことないので何とも言えませんが、「TVゲーム評論」ってのが当時としては、全く未踏の領域です。

見城さん達はBGMをベーマガ編集部に売り込んだのを機に、ライターとして活躍するようになります。

1984年12月号のスーパーソフトマガジンの「第22回アミューズメントマシンショー速報!」の中にBGMの記述があります。

本誌でもおなじみのBGMやEXCHANGERらプレイヤーの協力をえて取材してきました。

 

見城さんはベーマガ1986年8月号から「VIDEO GAME GRAFFITIビデオゲーム・グラフィティ、略してVGG)」を連載開始。「ナムコビデオゲーム・グラフィティ」と同じ名前を使ってしまうとは、、、。

ベーマガ1986年11月号ではVGG内に次のコメントが。

実は今、ベーマガの編集部でゲームの歴史をまとめた本を作ろうという一大プロジェクトが提案されているのです。今までにない大きな企画なのでかなり難航しています。

VGGは各地のゲーセンのゲームを列挙するだけという、恐ろしく地味なコーナーでした。しかし、ここに来て「ゲームの歴史」という方向性が加わります。1987年4月号からVGGの一部を使い「ビデオゲーム史講座」を開始。この「隙があったらゲームの歴史を勝手に語り出す」という性分は、「ビデオゲームCLASSIC GUIDE」でも発揮されます。

そして、このコーナーは「アルカノイドは名作じゃない」的な発言を載せ、物議をかもします。ベーマガ1987年6月号での見城さんのコメントは次の通り。

たとえば『アルカノイド』は大ヒット作だし僕も好きなゲームだけど、だからと言って「名作」なんて言葉はまったく当てはまらないということだ。

これに対しての読者の反論は1987年11月号まで続きました。見城さんはリメイクものに対しては厳しい評価を下していました。逆にアイデア重視の作品は高評価。そんな見城さんがゼビウスをリメイクしているのが、面白いところ。

その後、ベーマガ1988年4月号には、創刊70号記念特別企画としてVGGスペシャル版がカラーで掲載されます。本文中には次の記述が。

VGG別冊「VIDEO GAME HISTORYが、ただ今企画進行中です。

これは約一年半前にアナウンスされた「ゲームの歴史をまとめた本」のことでしょうか? 実は企画が死んでなかった。

見城さんのベーマガでの活躍は1990年まで続きます。1990年5月号で「CHALLENGE! HIGH SCORE!」の担当を終了。1990年6月号で「見城こうじの激論!ビデオゲーム」終了。突然、誌面から姿を消してしまいます。理由はナムコに入社したためだったわけですが、当時の読者は知る由もありませんでした。

 

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上の写真は1990年10月号掲載のCHALLENGE! HIGH SCORE!。この号だけは異例で、エッセイ風の記事が1ページ追加されました。これを書いたのは一緒にチャレハイを担当していた、やんまさんです。「ゲームの歴史をまとめた本」が最初にアナウンスされてから4年近くが経過していますが、まだ企画が死んでいませんでした。

それから数年が過ぎて、ベーマガ1992年5月号で「コズモギャング・ザ・ビデオ」の記事が掲載されたのですが、本文の最後に次の記述が。

でも、なんでこんなに凝っているかって? それはエンディングのスタッフ・クレジットを見れば……そう、ゲーム・デザインがあの見城こうじ先生なんだもの。

これを書いたのも、やんまさんです。

そして、ベーマガ1993年1月号の「コズモギャング・ザ・パズル」の見出しが次の通り。

見城こうじ氏が放つ「落ちもの」最新作

これを書いたのも、やんまさんです。

この後、やんまさんはベーマガを卒業して、1994年にセガに入社。1999年には「電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム ドリームキャスト版」でディレクターに就任します。見城さんの「カスタムロボ」に対して、やんまさんは「バーチャロン」という、この関係性が面白いです。

参考 開発者インタビュー「Creators Note」 #14 山下 信行

 

ベーマガ1994年2月号から「Arcade Game Graffiti(アーケード・ゲーム・グラフィティ)」が連載開始。「ゲームの歴史をまとめた本」のアナウンスから既に7年以上が経過してますが、そのコンセプトを受け継いものだと感じます。これ、著者名が書かれていないのですが、見城さんが書かれているんじゃないか?と思いますが、間違っていたらごめんなさい。ベーマガを卒業したかに思えて、実は卒業していなかった? このへんの情報がさっぱりなので、いつかどこかでカミングアウトして頂きたいです。

Arcade Game Graffitiの連載は5年続きました。ぜひ、まとめて読みたいです。

最後に掲載されたのが、ベーマガ1999年2月号。この時点で「1985年」編の第12回目でした。1年ぶんのゲームを紹介するのに1年を費やす。これだと永久に現在に追いつかないのでは。

結局、1986年以降の歴史が語られないまま連載が終わってしまいました。

 

ベーマガ1995年12月号にはアーケード版の「ゼビウス・アレンジメント(1995年)」が掲載されています。伝統の全マップ掲載。スタッフクレジットによると、「ゲーム・アレンジメント」という役職の2名のうち一人が見城さんでした。

上の写真はPS3で配信してるプレステ版「ゼビウス3D/G+」。この中に「ゼビウス・アレンジメント」が収録されています。

ナムコを退社後、見城さんは1996年にノイズを設立。

ベーマガ1999年2月号(200号記念)には見城さんの近況としてNINTENDO64用ゲームを開発中であると書かれていますが、これが「カスタムロボ」だと思います。

 

ネットで読める見城さんの発言・記事の数々はこちら。

・2001年 ノイズ公式サイトのコラム(現在は読めません)

・2005年 ノイズ公式サイトのblog (現在は読めません)

・2013年 twitter

・2016年 ゲーム文化保存研究所

・2017年 note「アはアーケードのア」

 

私はtwitterはノーチェックですが、もしかして、重要な情報が眠っているかもしれません。

ノイズで掲載していたコラムはアーカイブで読むことができます。

参考 連載コラム

これによると、カスタムロボ開発の経緯が細かく書かれています。個人的に面白かったのは、最初に作っていたゲームをボツにしたという話と、サイバリオンの作曲者さんにサイバリオンっぽい曲をオーダーしたという話です。

ゲームデザイナーとしての見城さんについては、ベーマガの範囲外なので、どなたか詳しい方に書いて頂きたいです。

アルカディアの「謎の端子」

バンダイのTVゲーム機「アルカディア」には本体背面に「端子」が2つ付いています。Arcadia2001にも同様の物が付いているようです。ご存知だったでしょうか?

 

この端子は説明書には説明がありません。図では該当箇所が真っ白で、存在すらしていません。

驚いたことに、サービスマニュアルでも説明がありません。本体を修理するサービスマンも知らない「謎の端子」ということになります。

この「謎の端子」は海外のwikipediaも困惑しているようで、次のように書かれています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Arcadia_2001

It also has two outputs (or inputs) headphone jacks on the back of the unit, on the far left and far right sides.

、、、出力?

または入力?

ヘッドホン・ジャック?

むちゃくちゃすぎ。確かに3.5mmジャックなので、ヘッドホンが挿し込めそうって気になりますけど。

 

正解を書いてしまうと、これは「パドルコントローラを接続する」ための入力端子です。

以下のページで自作のパドルコントローラを接続して遊んでいる人が居ました。

atariage.com

このページ、驚きの連続です。

まず、パドルコントローラの自作方法が紹介されています。3.5mmステレオミニプラグに可変抵抗(500kオーム)とスイッチだけのシンプルな構造です。

遊んでいるのが「Circus」というゲームです。これはIntertonという会社の「VC 4000」用のゲームです。

別の会社のゲームがArcadia2001互換機で動いているのが不思議です。おそらく、全ての元となるハードウェアがVC 4000で、それをライセンス供給して、Arcadia2001(と互換機)が誕生したんじゃないかと思います。となると、「VC 4000互換機」と呼ぶのが正しいのかも。VC 4000は1978年発売のゲーム機。そして、アルカディアは1983年発売。5年前のスペックで、ゲームハード戦争を生き残ろうと思っていたのか、バンダイ、、、。

一番驚いたのが、アルカディア/Arcadia2001がアナログ対応だったということ。

アルカディア本体にはテンキーとジョイスティック付きのコントローラが2つ付いています。なんと、最初からこのジョイスティックがアナログです。「謎の端子」の一部は、ここに接続されています。

 

そんなバカな、と思ったら本当にアナログでした。「ReadPadl」というジョイスティックのテストプログラムです。amiganに置いてあるサンプル集の「arcadia/Eurich」フォルダに収録されています。

http://amigan.yatho.com/examples.rar

「70(16進数)」はジョイスティックのセンター値です。エミュレータなので、ジョイスティックのX・Y方向は3パターンの値しか返してくれませんでした。しかし、ジョイスティックの回路はオン/オフ式のスイッチを採用していますので、現実でも、大まかには3パターンの電圧しか出ません。

アルカディア/Arcadia2001はアナログ対応なのに回路はデジタル的です。そして、アナログ対応のゲームが一本も発売されていません(たぶん)。

凄まじい矛盾です。

想像ですが、Arcadia2001を開発する段階で、アナログ要素をばっさり削除したんじゃないでしょうか。どういう理由でこうなったのか知りたいところです。

 

気になるのは、「謎の端子」の作りの雑さ。

上の写真はアルカディアを買ったままの状態から分解したものです。抵抗を空中配線してたり、ビニールテープで絶縁しています。これ、私がやったわけではありません。

なぜ、こんな素人っぽい出来になってしまったのか?

これも想像ですが、「アナログ要素を追加できるようにしよう」と後から思い立ったはいいが、Arcadia2001の設計をやり直せる人材がEmarsonに居なかったんじゃないでしょうか。アルカディア/Arcadia2001の基板がジャンパ線だらけなのは、それが理由だと思います。

アルカディア/Arcadia2001ユーザーが「パドルコントローラが接続できる!」と喜ぶ日は結局、来ませんでした。「謎の端子」が一度も使われずに市場から消えてしまったのが、もったいないです。

アルカディア用のアナログ対応ゲームが実は存在するという場合は教えてください)

 

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万能パッド変換器の自作プロジェクト、完結編

万能パッド変換器を自作しようというプロジェクト「Multiway pad converter」。100%趣味のプロジェクトです。

今までの成果をまとめた動画がこちらです。

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ソースと回路図はこちら。

github.com

 

基板は出来ましたが、出来が物凄いイマイチなので、ベータ版ということにしています。

思えば、XE-1APがハードオフで10450円で売っていた事に腹を立ててスタートしたプロジェクトですが、気が付いたら、その3倍以上のお金を使ってしまいました。動作チェックのためにPCエンジンマウスとかゲームソフトを買って、ムダ使いしすぎです。

 

最近、「メガドライブミニ2」が発表されて、CyberStickやXE-1APの注目度が高まっています。ここのブログも瞬間的にアクセス数が3倍くらい増えました

XE-1APは発売から既に32年が経過していますが、「CyberStickと互換性がある」という重要なセールスポイントがいまだに伝わっていない気がします。会社が違うので当然ですが、、、。XE-1APが売れたせいで、CyberStickが売れなくなったらマズい気がします。

XE-1APはPCモード以外にMDモードを搭載しているので、対応機種はCyberStickより上です。優れた性能に反して、見た目でイジられるだけのパターンが多くて、非常にもったいない。

 

XE-1AP(PCモード)がCyberStickと互換性がある、ということを確認するため、XE-1AP用ソフトを使ってCyberStickを読み取ってみました。使用ソフトはベーマガ1990年10月号のXE-1AP特集に掲載されているMSX用テストプログラムです。頑張って打ち込みました。記事にはこの他、PC-8801用とX68000用のプログラムも掲載されています。

写真だとわかりにくいですが、実行すると、画面にアナログスティックのレバーの値が00~FFの範囲で表示されます。

これで両者に互換性があると、ご理解頂けたでしょうか。


パッド変換器の開発中のエピソードですが、先のテストプログラムを実行すると値が全部「00」になってしまうという不具合がありました。XE-1AP/CyberStickの挙動を再現できていなかったわけです。

不具合の原因がどう考えてもわからないので、上の写真のようにパソコンとCyberStickの接続をバイパスして、通信データをOLEDに描画してみました。

 

描画した結果がこちら。衝撃の事実。

ACKが12回出てました。11回のはずでは、、、?

 

ベーマガ1990年10月号を読み直してみたのですが、データ転送の回数が「11回」と書かれてるだけ。ACKの回数については、どこにも書かれていませんでした。MDモードが丸ごと載っていなかったり、記事の不備が多すぎる。

過去に自分が作ったXE-1AP互換品のプログラムはACKを11回しか送っていなかったのですが、なぜか奇跡的に動いていたようです。1年半、このミスに気が付きませんでした。

今後、過去の資料とプログラムは直していきます。

 

ACKを12回に直したら思わぬ副作用が起きたのですが、試行錯誤の結果、やっとMSX用テストプログラムが動作するようになりました。

このテストプログラムはちょっとクセがあります。通信速度を1/2モードにする信号を発するので、パッド変換器側はそれを受け取って、通信速度を落とす必要があります。MSXなので最速モードは無理だったのでしょうか。正しく信号が来ない場合も対応しないといけなくて、手間がかかりました。

ちなみにアフターバーナーIIはメガドラ版もPCエンジン版も最速モードで通信しています。

 

というわけで、パッド変換器の自作プロジェクトは一旦終了です。次の面白そうなテーマを探しています。