「かんたん」と「むずかしい」のちがい

「かんたん」と「むずかしい」のちがいって何でしょうか?

たとえば、
・「ハンダづけは難しい」
・「マイコンを扱うのは難しい」
とか言ったりします。

ここでは、「むずかしい=時間がかかる」と仮定してみましょう。

・「ハンダづけは修得に時間がかかる」
・「マイコンは覚えるのに時間がかかる」

こんな感じでしょうか。
・「むずかしい=作業量が多い=労力がかかる」
とかでも置き換えできそうです。

となると、「かんたん=労力が少ない」ってことで、いいんでしょうか。
じゃあ、労力がある一定の量を超えたら「かんたん」から「むずかしい」になってしまうんでしょうか。

・「ハンダづけ修得に1時間かかる」→「かんたん」
・「ハンダづけ修得に1日かかる」→「むずかしい」
とか?
「修得」のレベルとか、能力の個人差とか、ボーダーラインも変わりますね。

あと、
家電製品を売り込む場合、「かんたん」であることが、アピールされます。
・「ボタンを押すだけで」とか。
・「面倒なxxxxが不要です」とか。
これは、かんたん=労力が少ないほどありがたいという価値観です。

(話が脱線しますが、
昔のゲームは「むずかしい」が売り文句になってました。
「クリアに1年かかります」とか、、、。今はどうでしょう?)

工作キットが売られる時も「かんたん」さがアピールされちゃったりするんですが、
それが学習用だと、マズい気がします。
「強く勉める」から「勉強」なわけで、
かんたんな勉強=労力の少ない勉強
、、、それはもう勉強じゃないんじゃないかという気がします。

ガンプラみたいなものは商品なので、色塗らないでOKとか、接着剤を使わなくてOKという
ニーズに答えても不思議はないです。
売り物だと、これには逆らえないですね。

電子工作の教室を開く場合、
・「かんたんな内容にしてください」とか
・「X時間で帰れるようにしてください」とか、ムチャなオーダーがあったりします。
「むずかしい」と嫌われ、説明が足りてないと怒られます。
たぶん「勉強」じゃなくて「商品」の意識が強いとそうなるのかなーと。
「ものづくりのレジャー化」ですが、ツーアーガイドみたいなものなので、
べつに悪いことじゃありません。

もう一方の流れは教育分野。
新指導要領でも「ものづくり」が重要視されてて、
授業で工作やプログラミングを実践したりします。
指導要領は時間数が決まってるので、
ここでも「x時限で終わらせたい」というニーズが出てしまうようです。
最初に書いた、むずかしい=時間がかかる、に直面してるわけですが、こっちはレジャー化したらマズいです。

とりとめもなく書きました。
「かんたんな勉強」ってのは、存在しないと思ってます。