3DプリンタでX68000風のラズパイケースを作る

X68000風のラズパイケースを3Dプリンタで作ってみました(まだ未完成ですが)。

以下に作り方を紹介します。

 

まず、実物の寸法を測ります。

 

図面を描きます。ところどころアバウトです。

以前、ヘルメッツ製のX68Kラズパイケースを買いましたが、ラズパイを縦に入れる方式なのがどうにも気に入らないです。そこで、今回のはラズパイを横に入れたいと思います。ラズパイの全長が8.5cmなので、奥行が9cmあれば大丈夫だろうと考えました。高さは12cmになる予定です。

 

Blenderモデリングします。

円柱と立方体をブーリアンで合体させて、Rを表現しました。

 

45度単位で回転させた円柱と合体させて、取っ手を表現しました。たぶん曲げ機能があると思うのですが、まだBlenderの使い方をよくわかっていません。

 

45度に回転させた立方体を並べて、排気口を表現してみました。

 

中身をくり抜きます。思ったより空間的な余裕がありません。

パーツをばらして、並べて、STLファイルで保存。

 

Ultimaker CuraでGcodeファイルを作成。ベッドの広さに限界があるので、出力を二回に分けます。

出力に8時間50分かかるというメッセージが。

 

3Dプリンタで出力。完了まで8時間50分のはずが、11時間かかりました。

 

パーツが反ってしまいました。シマシマが目立つし、いつもよりクオリティが低い。何が悪いのでしょうか。

あと、サポートをONにしたせいで、穴が埋まってしまいました。カッターで削ります。どうでもいい部分にサポートが付着してますけど、これは設定がおかしいのでしょうか。

 

Gcodeファイル作成時に、予期せぬトラブルが発生。サーフェスが無い、または無関係であるというエラーのようです。ブーリアンの演算を繰り返すと、余分な頂点が発生してしまうようです。編集モードで余分な頂点を手作業で取り除いて対応しました。

 

第二陣のパーツを出力。完了まで5時間かかりました。

今度はAdhesion設定をONにしてみましたが、めくれ上がってしまって、結局、パーツが反ってしまいました。お手上げです。

 

というわけで、技術的な問題が残っていて、まだ完成には至ってません。サポートなしで出力できるように、もっとパーツを分割したほうがいいと思います。反ってしまうのは大問題ですね。

フィラメントは黒かグレーを使ったほうがいいですね。

 

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3DプリンタでMSX用カートリッジのシェルを作る

MSX用カートリッジのシェル(ガワ)を3Dプリンタで作ってみました。AliExpressで探しても売っていないので、もう自作するしかありません。

私自身、数日前に3Dプリンタを触ったばかりで完全に初心者です。まずは、ググって調べるところから始めました。

 

モデリングには「Blender」を使ってみました。Blenderモデリングだけではなくて、動画作成にも対応しています。日本語にも対応しています。こんな凄いソフトがタダで使えるってことに驚きです。

カートリッジの寸法は実物をノギスで測って割り出しました。最初、寸法の入力方法がわからなくて、手間取りましたが、「N」キーを押せばいいだけでした。

 

ねじやナットは「Bolt Factory」っていうアドオンで作ります。なぜか、入力した値よりも生成されるねじの長さが1mmほど短くなってしまいます。理由は不明。

モデリングが終わったら、データをエクスポートして、STLというファイルで保存します。

 

「Ultimaker Cura」を使います。3Dプリンタの制御用のデータを生成するソフトです。ありがたいことに、こちらもフリーソフトです。

STL形式のファイルを読み込んで、3Dプリンタの種類とプロファイル(ノズルの速度や温度)を選択して、「Slice」ボタンを押すと、Gcodeという形式のファイルが出力されます。Gcode形式のファイルはSDカードに保存して、3Dプリンタに移し替えます。

「Ultimaker Cura」のインストーラはAnycubic Kobra Go付属のSDカードに入っていたのですが、ネットから最新バージョン(5.2.1)をダウンロードしました。気になる点として、最新バージョンに収録されていたAnycubic Kobraのプロファイルと、SDカードに収録されているプロファイルが一致しません。Anycubic KobraっていうのはGoと別物なのでしょうか。ここはSDカードのほうを信用したほうがいいと思います。

 

3Dプリンタでプリントします。プリントが終わるまでに1時間半くらいかかりました。

プリントのミスで、中央に大きな斜め線が入ってしまいました。これはノズルが速く動きすぎて、プラスチックが糸を引いてしまって、それが素材に埋まってしまうのが原因です。この糸を引かないようにするための設定方法がわかりません。

一発OKというわけにはいかなくて、実物が出来上がってから、本体に入らないことに気が付いて、作業工程をまるまるやり直しました。プログラミングとは違って、瞬時にリトライすることができません。

 

二度目のプリントで、うまく本体に挿し込むことができました。ここから上蓋も作らないといけませんが、このままで問題なく使えます。

凄い重要なことですが、プリントしたナットの穴は入力した寸法より狭くなってしまいます。逆にねじは太くなります。これはノズルから出るプラスチックの太さ(0.2mmくらい?)の都合でこうなるみたいです。サバを読んで設計しないといけません。

実物のカートリッジを真似して、挿し込み口付近に穴を空けてみたのですが、まったく意味がなかったです。一体、何のための穴なのでしょうか? 万引き防止?

3Dプリンタの理解が少し深まりました。

 

Anycubic Kobra Go(激安3Dプリンタ)

Amazon.co.jpで「Anycubic Kobra Go」という3Dプリンタを買ってみました。自分が買った時は値段は2万2000円くらい。さらにキャンペーンで1kgのフィラメントがオマケで付いてました。いくらなんでも安すぎです。

 

www.youtube.com

組み立ての様子を動画にしてみました。安すぎて心配だったのですが、サンプルのフクロウが問題なくプリントできました。

私自身、3Dプリンタについての知識が全くありません。プリントしたフクロウを外すのに悪戦苦闘してましたが、冷えたらあっさり取れました。

 

撮影の途中で、組み立て説明の動画ファイルがSDカードに入っていることに気が付きました。さすがに公式動画は出来がいいので、自分で撮る必要がなかったです。

 

出荷時は電源が230Vに設定されていますが、日本の場合、115Vに切り替えたほうがいいです。

 

調子に乗って、「メガドライブの拡張スロットのフタ」をプリントしてみたのですが、最初はフィラメント切れで失敗して、二度目はプリント中にベッドから外れて失敗。三回目で、このガタガタのやつが出来ました。

ノズルの温度とか、Z座標のオフセットとか、サポートとか、Adhesionとか、細かい調節をしないと、うまくプリントできないようです。コツを覚えないといけません。

 

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日経ソフトウエア 2023年1月号

2022年11月24日発売の「日経ソフトウエア 2023年1月号」で2件ほど記事を書かせて頂きました。

・特集、将棋アプリを作ろう。

・連載、IoT時代の電子工作 第7回目。

 

将棋アプリはPythonで作りました。

 

「IoT時代の電子工作」はオーソドックスなLEDの点灯/消灯のやり方を紹介しています。Raspberry Pi Picoを使いました。本当はRaspberry Pi Zero 2 Wを使いたかったのですが、どこにも売っていません。

 

Wi-Fiモジュールとして、ESP32を使ってみました。一番右側がESP32-WROOM-32Eで、右から二番目がESP32-WROOM-32Dです。末尾が「E」の方が新しくて、バグが修正されているらしいのですが、普通に使うぶんには性能は同じです。

「ドルアーガの塔」の60面クリアの話

アーケード版「ドルアーガの塔1984年)」の全60面クリアを達成したスコアラーについてメディアはどう伝えたのか。自分が知っている範囲で、次の6つの情報源があります。

(A)1984年8月末、「アミューズメントライフNo.21」の「全国のハイスコア速報」

(B)1984年9月8日、「ログイン1984年10月号」の「ビデオゲーム通信」

(C)1984年9月10日、「マイコンBASIC Magazine 1984年10月号」の「チャレンジ!ハイスコア」

(D)1989年12月、「別冊宝島 おたくの本」の成沢大輔さんの記事

(E)2001年x月、2ちゃんねる遠藤雅伸さんの書き込み

(F)2020年05月、BEEPでの響あきらさんの記事

時系列順に並んでいます。これらの情報はバラバラで、整合性が取れません。

何が真実なのか? 誰が一番なのか? を語り出すと荒れそうな予感がするので、今回は情報を列挙するだけに留めます。

 

情報源A。1984年8月末日発売、「アミューズメントライフNo.21」(奥付けは10月1日発行)。配慮して、無関係な方の実名は消しました。

1984年8月1日の時点でゲームブティック高田馬場店にて「CHU他4名」さんが60面クリアを達成しています。「CHU他4名」というのは、「5人で1チーム」という意味でしょうか? それとも、「1人プレイのクリアが5回発生した」という意味でしょうか? ゲームセンターは実機の数が限られているので、いやでも他人のプレイを見ることになります。黙って攻略方法を盗むわけにもいかないので、自然と「情報を共有しましょう」って話になりそうな気がします。

ググった感じでは、「ドルアーガの塔」の稼働日は7月20日。ですが、それだと、12日目で全60面クリアしたということになります。ロケテストを考慮しても短すぎです。実は前倒しで稼働していたとか?

いろいろ謎が残ります。

(追記。「ドルアーガの塔」のロケテスト1984年5月5日から開始とのこと。どうやって日にちを特定したのか謎ですけど。 ドルアーガ ロケテスト - Twitter Search / Twitter

 

参考までに1984年8月10日発売、ベーマガ9月号の「チャレンジ!ハイスコア」です。60面クリアは10月号からなので、これはその途中です。全108店のうち「ドルアーガの塔」のスコアが掲載されたのは、3店だけ。「ドルアーガの塔」導入率は約2.7パーセント。全国一斉に攻略がスタートしたわけではありません。「ドルアーガの塔」はスコアを載せてもあまり意味がなさそうですが。

スコアラーに「FUL、CHU、YAJI」と書かれています。チームで攻略していたということでしょうか。「FUL」さんというのは、おそらく古田秀人さんです。「CHU」さんはAMライフ(情報源A)で60面クリア達成したCHUさんと同一人物だと思います。

 

情報源B。1984年9月8日発売、アスキーの「ログイン」1984年10月号。ドルアーガを6ページに渡って大特集。エンディングまでネタバレしています。この中で次の記述があります。

8月2日付けで、ついに古田秀人君らが60階をクリアーしたという情報が確認されている。

「古田秀人君『』」と書かれているので、プレイヤーは複数です。チームでクリアしたのか? 個人のクリアが複数件報告されたのか? なんとも判断がつきません。どのお店でクリアしたのか不明です。

 

情報源C。1984年9月10日発売、電波新聞社の「マイコンBASIC Magazine(ベーマガ1984年10月号」のスーパーソフトマガジンの「チャレンジ!ハイスコア」。集計日が書いていませんが、おそらく8月下旬です。

次の10店で60面クリアが報告されています。

古田秀人さん、黒田さん、北村さん(プレイシティキャロット一番街店)
FULさん(ゲームブティック高田馬場店)
・おおぼりさん(プレイシティキャロット烏山店)
・EXCHANGERさん(ゲームインJ&B)
・清水さん(プレイシティキャロット黒崎店)
・MASさん(長岡キャロットハウス)
・KETOSEさん(プレイシティキャロット伊勢佐木町店)
・深井さん(亀戸キャロットハウス)
・川野さん(プレイシティキャロット駒沢店)
・有田さん(プレイシティキャロット巣鴨店)

、、、フルネームの方は名前を削らせて頂きました。古田さんだけ例外です。

「おおぼり」さんは大堀(うる星あんず)さんの可能性があります。間違っていたら、すみません。印刷の状態が悪くて「おおぽり」とも読めます。当時、大堀さんは高校3年生です。

「EXCHANGER」さんはベーマガ1984年10月号からライターとしてデビューしています。

「古田秀人(FUL)」さんのお名前がプレイシティキャロット一番街店とゲームブティック高田馬場店にあります。どっちが先に60面クリアを達成したのでしょうか? 古田さんが8月1日に高田馬場店でクリア → 8月2日に一番街店でクリアならば、情報源A・Bの矛盾はありません。ただし、ベーマガだと高田馬場店は「FUL」さん1人だけが書かれていますが、AMライフ(情報源A)だと「CHU他4名」になっていて、人数が食い違ってます。

 

情報源D。1989年12月発行。「別冊宝島 おたくの本」の「ゲーマー超人伝説」という記事。のちに「おたくの誕生!!」として文庫化しています。著者は成沢大輔さん。

記事には、大学生6人のチームが20万円を費やして、約1か月で「ドルアーガの塔」の60面をクリアしたと書かれています。この情報、どこまで信用していいのやら。大堀さんが60面で画面をダンボールで隠したとかというゴシップもこの記事です。

 

druaga.to

情報源E。ファンサイト「『ドルアーガの塔』研究室」。2001年に遠藤雅伸さんが2ちゃんねるに書き込んだ内容が転載されています。次の書き込みがあります。

ドルアーガの塔を最初にクリアしたのは、古田秀人君という早稲田の学生さんでした。

 

www.beep-shop.com

情報源F。2020年に公開、BEEPのブログでの響あきらさんの記事。

当時、私はうる星あんず氏やFUL氏、EXCHANGER氏らとドルアーガの塔攻略チーム(後に、世界で初めて『ドルアーガの塔』をクリア)を組んでいました。

ここにも古田(FUL)さんのお名前が出てきます。念のため書いておくと、この時点ではまだ、古田さんはライターではありません。

 

ファミコン版「ドルアーガの塔(1985年)」のスタッフクレジットに古田さんのお名前があります。ゲームの腕前を見込んでの抜擢でしょうか。

イシターの復活(1986年)」のスタッフクレジットにも古田さんのお名前があります(MONSTER SETTING  HIDETO "DRUAGA" FUL)。

 

古田(FUL)さんはベーマガ1985年4月号~1987年2月号で、ライターとして活躍されました。活動期間は2年弱です。主にロードランナーの記事を担当されています。

・1985年4月号「ロードランナー2 バンゲリング帝国の逆襲」
・1985年5月号「ロードランナー2 バンゲリング帝国の逆襲」
・1985年12月号「ペーパーボーイ」「インディジョーンズ」「ガントレット
・1986年1月号「ロードランナー3 魔神の復活」
・1986年3月号「ロードランナー3 魔神の復活」「ガントレット
・1986年4月号「アーガス」
・1986年5月号「ダーウィン4078」
・1987年1月号「ロードランナー4 帝国からの脱出」
・1987年2月号「ロードランナー4 帝国からの脱出」

 

ベーマガ1988年4月号の「山下章のフリートークボード」の「創刊70号をふり返って」という記事で、山下章さんが古田(FUL)さんを紹介しています。

彼が通りすぎたゲーム・センターには、他人のハイスコアはひとつも残らないという伝説がある。

ベーマガの「チャレンジ!ハイスコア」を確認したところ、1988年12月号までは、古田さんのお名前を確認することができました。こうした超優秀な人材がベーマガの誌面を支えていたというわけです。

 

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